昔のことを思い出す。    

ずいぶんと久しぶりの投稿です。



特にイベントがなかったから・・・?、いや、違うなあ。

普通に生活していたのだから、
それなりにおもしろい出来事もあったのだろうけど、

気力が湧いてこなかった、それゆえ感受性も鈍かった、

そんな感じの毎日だったのでしょうね。
ちゃんと焙煎もしてたんですがねえ・・・。

まあ、『それもまた良し』 としましょう!



ところで・・・、


年齢を重ねてまいりますと、昔の記憶がだんだん薄れてきていることを感じます。

強烈な思い出は別として、

日々の風景とか、他愛もない出来事とか・・・。


そういったことを鮮明に思い出すことができる、僕なりの方法があります。


それは『you tube』の検索です。

歌手の名前、一片の歌詞など、微かな記憶を頼りに検索していきますと

思わぬ動画に行き当たり、曲を聴くと

懐かしい風景や、その頃の空気、友との会話などが一気によみがえってきます。







この曲を聴くのは三十数年ぶりというところでしょうか。

立川義喜というこの御方、当時は『吉田拓郎の再来』と言われるほどの

たいへんな力量のあるミュージシャンであったと記憶しています。



たしか愛媛県の大洲市出身。



1980年頃でしょうか、故郷での凱旋ライブだったのかなあ、

画像にもあるレコードジャケットと同じポスターが、

街のいたるところに貼られていた、そんな記憶がよみがえってきました。


アルバムタイトルの『胎動』


この二文字にも強烈なインパクトがありました。今考えてもセンスあるなあ。。。

この二文字にそのときの立川義喜すべてが凝縮されている、
そんな最高のタイトルです。



段ボールに張り付けられたコンサートの告知ポスターが

針金でくくりつけられていた電信柱。

その横を自転車で通り過ぎる青春真っ只中の僕の姿が鮮明によみがえってきます。

当時の街並みや人の声や匂いまでもが頭の中に浮かんできます。





ただ、そのライブは観にいっていません。


なぜでしょう・・・?


1970年代に花開いた『フォークソング』と言う一大ムーブメント。

若者のだれもが熱狂しましたが、

時代は移り変わり、『フォークソング』から『ニューミュージック』へ。

ちょっとおしゃれっぽい音楽に取って代わられる世の中になっていました。

『フォークはちょっとねぇ・・・』といった風潮があったように思います。

フォークソングにはほんとうはものすごいチカラがあるのに、

流行とはそんなものなのかもしれません。

そして僕もその流行に左右された大勢の一人だったということ。



そのような時代の中、この『立川義喜』という方は駆け抜けました。

時代や流行には見向きもせず、

ただひたすら自分の信じた道を、

絶対にブレない、気骨のあるシンガーソングライターであったと思います。




人生と同じくヒット曲にも、運・不運がつきものなのかもしれませんが、

今聴いてもソングライターとしてのクオリティーの高さははっきりとわかります。

もう少し早く世に出ていたらきっと時代の寵児になっていた方だろうと思います。




いや、そうじゃないかな?

この御方の歌声を聴いていると,

そうはならないであろうことが何となくわかります。

迎合しないというか、

もしご自身が時代の波に乗ったとしても、

たぶん自らそれを否定し壊していくのではないか、

そんな骨太な方じゃないかなと想像してしまいます。
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by style-zero | 2014-07-09 19:00 | Comments(0)

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